リレーショナルリーダーシップと日本


リレーショナルリーダーシップ、あまり聞きなれない言葉だと思います。それもそのはずです。リレーショナルリーダーシップは21世紀生まれの新しいリーダーシップの考え方なのです。

しかし、この世の中にはすでにたくさんのリーダーシップ論なるものがあります。その多くは欧米で生まれた理論ですが、必ずしも日本では顕著な成果を挙げてきたとはいえません。それにも拘らず、なぜまたここで欧米生まれのリーダーシップ論なのでしょうか。

 

リレーショナルリーダーシップがいま日本に求められていると私が考える理由は2つあります。ひとつは、日本が「多様性の時代における変化」という未体験の世界に挑戦しようとしていることです。島国で均質的な文化を保ち、安全安心の社会を誇ってきた日本ですが、グローバライゼーションの進展とともに多様性の時代に入りました。と同時に、日本は欧米諸国に先駆けて未曽有の人口減少期に入ります。現在の社会システムを維持できなくなる時が早晩やって来ることは避けられません。徐々にかもしれませんが変化は不可避であり、それはまた多様性を活かした変化でなければなりません。

 

他のひとつは、リレーショナルリーダーシップが多様性の時代に最もふさわしいリーダーシップ論であることです。というのは、リレーショナルリーダーシップは、従来のリーダーシップ論のようにリーダーとフォロワーという「人」と「関係性」に焦点を当てるのではなく、人々の間のコミュニケーションや会話に焦点をあて、その相互交流のプロセスを分析し、その関係性にあたえるインパクトをよりタイミングよく的確に理解しするための実践的なモデルや方法論を提供するからです。

 

一般的に日本人は控えめな国民性で、意見をいうのが下手といわれています。私自身のフランス、ベルギー、アメリカ合衆国と通算で12年間海外に住んでいた経験からいうと、日本人は争い事を避けるために、なかなか本音を出さず、表面的に相手に合わせる傾向があります。心理学の専門用語でいうと、自己抑制型行動特性と対人依存型行動特性が高いということになります。島国という地理的事情や300年間続いた江戸時代の鎖国などの歴史的事情がその背景にあるものと思われます。

いずれにしても、その日本もいまや「多様性の時代における人口の急減」という未経験の航海に乗り出しつつあります。西洋を手本にした明治維新とは異なり、今回は先達なしの航海です。J. W. ガードナーがいう自己革新(self renewal)、「日本らしい変化」、が求められていると言っていいと思います。

 

鍵をにぎるのは、コミュニケーション、会話、そしてダイアログ(本音の話し合い)ではないでしょうか。より正直で、創造的に富んだ話し合いをいかに増やしていけるかだろうと私は思います。その意味で、コミュニケーションに焦点を当て、かつコミュニケーションを「意味を創造すること(meaning making)」と位置づけるリレーショナルリーダーシップは、今までの欧米型リーダーシップ論とは一味違う、今の日本の状況にうってつけのリーダーシップ論ではないかと思うのです。